アーティスト紹介

なかもと真生

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INTERVIEW WITH NAKAMOTO MASAKI 2009.09.08

作品について - “もの”への執着や、ロマンティシズムが欠落した状態

&ART(以下、&) : 廃棄物を使用した展示のインパクトが大きいですが、廃棄物を材料にしはじめた、きっかけはなんでしょうか?
installation

installation 2006

なかもと真生(以下、N) : 初め本格的に廃棄物の作品を発表したのが、2006年に京都嵯峨芸術大学の屋上で展示した卒業制作でした。とにかく、そのときは大きな作品が展示したくて、材料費のかからない廃棄物を選びました。
& : その時の反応はどうでしたか?
N : 準備に半年、搬入に一ヶ月、搬出に半月かかって、120人くらいしか来ませんでしたが、来ていただいて人にはとても好評でしたし、いい環境で展示ができたので貴重な経験になりました。
& : その後、廃棄物を材料にした作品を多く制作していますが、やはりその時経験したことが大きかったでしょうか?
N : そうですね、大学在学中は鉄彫、映像、ノイズ、平面など、さまざまな素材/技法で制作をしていて、屋上の展示のときに、はじめて一つの方法で、長期間制作したんです。そのとき、”物質”、”空間”に時間をかけて向き合うことで、アイデアと技術が熟成されることを、認識しはじめたんだと思います。
& : 廃棄物はなかもとさんにどのようなアイデアを与えましたか?
N : 廃棄物と向き合うことは、「”もの”への執着や、ロマンティシズムが欠落した状態」に、自身の実存があることを、認識するきっかけになりました。もともと僕は、愛媛県の新居浜市という、工業都市で生まれ育ったので近代化や高度経済成長などの、大きなものが去った跡に残った”虚無”が潜在意識にあって、それが廃棄物という形で出力されたのではないかと分析しています。
なかもと真生 さん

& : 2009年の家屋展示のタイトル“Structure of nothingness”は直訳すると“虚無の構造”という意味ですね。“虚無”という概念が一つの制作のテーマになっているのでしょうか?
Structure of nothingness

Structure of nothingness
2009 Photo by Ito Hiroko

N : 結果的にどのような形の作品になったとしても、そこからはじまっているような気はしています。このことについては、意識の根底にある、”同時代性”みたいなものだと捉えています。新居浜市は、別子(べっし)銅山を中心に栄えたんですが、僕が生まれるちょうど10年前の1973年に銅山が閉山になったんです。家の近くに、昔銅山で採掘された銅を選鉱していた工場跡があって、そこに忍び込んで、ベルトコンベア沿いに工場を探検したことを強く覚えています。廃棄物の作品に関して言えば、そういった、子供の頃体験した、空間とビジュアルからの影響は大きいと思います。“Structure of nothingness”の展示スペースは6畳だったのですが、僕が子供のころ生活していた部屋と、同じサイズなんです。
& : そうすると、展示はいつも内省的なイメージから、発展するのですか?
N : 作業自体がフィジカルなんで、あまり内省的なイメージという認識はないですけど・・・家屋展示のシリーズは自宅なんで、どうしても内省的になりますね。
& : あれ、 自宅なんですか!?
N : そうです、貸家です。もう3年以上住んでいますが、大家さんには特に許可をとっていないので、近所の人に「京都新聞に載ってたでー」とか言われると、ハラハラしますね。
& : 大丈夫なんですか(笑)?
N : 大丈夫です。現状復帰できるようになってるので(笑)。
& : 生活感がないように見えるのですが、奥に生活スペースがあるのですか?
N : 1年くらい前までは生活スペースがあったんですけど、半年前から、倉庫スペースと展示スペースが増えたので、自宅で生活できなくなり、友達の家に泊ったりしています。また、生活スペースがあったとしても、僕の場合、一つ作品を制作するのに、かなりの制作費が必要で、そのため水道やガスが止まることもしばしばあり、以前お世話になったギャラリーのオーナーに泊めていただいたこともあります。「普通に仕事していて、水道やガスが止まった人は聞いたことがない。」と言われましたね(笑)。
& : ハードな生活ですね(笑)。制作と生活に境界線はないですか?
N : あまりラインを引きたくないですね。ただ、境界を作らないとしょうがない時はありますけど。

京都について - 京都の文化を象徴するようなポイントは、向き合ってみたい空間

& : 7年以上京都に住んでいますが、なかもとさんにとって、京都の街の魅力はどんなところでしょうか?
N : ぼくの作品は、”もとある環境や風景”と”創作”を組み合わせるものが多いので、実際に自分が作品を制作したいポイントが、街の魅力として浮かびます。具体的には、鴨川を三条あたりから下って行ったときに、賑やかな街並みが、徐々に無機質な風景に変わっていく変化そのものとか・・・。そういった、京都の文化を象徴するようなポイントは、向き合ってみたい空間ですね。あとは、いい展示をしているギャラリーがあるというのも魅力的ですね。地元には皆無だったので。
& : 京都での生活/制作について伺いたいのですが、京都には大学入学と同時に来られたのですか?
N : そうです。2002年の4月からです。

& : 最近京都で見た展示でよかったものはありましたか?
N : 今年見たものだったら、2月のneutronのヤマガミユキヒロさんの映像作品と、3月のshin-biのかなもりゆうこさんの展示ですね。他にもたくさんありましたが、挙げてるとキリがないですね。
& : 京都のアートについてどのような印象を持たれていますか?
N : いいアーティストがたくさんいる街です。でも、いいアーティストでも京都で頻繁に展示をして、積極的にコミュニケートしないと、ギャラリストにすら知られていなかったりとか、そのあたりは本当に人と人の繋がりで成り立っているという印象ですね。

社会について - アートがマイノリティではないという事が理解してもらえる

& : なかもとさんにとって社会とはどういうものでしょう。
N : ぼくにとっては社会とはニュースなどで語られる、漠然としていて大掴(おおつか)みな認識ではなく、自分の知り合いとか、職場とかよく行くギャラリーとか、とにかく自分の周りの目に見えるものです。制作活動を続けていて感じることは、行動して社会を作っていく必要性です。行動すればそれと同時に可能性も広がっていくという・・・。
& : 社会においてアートはどのような役割を持っていると考えていますか?
N : 人間は”社会において分類不可能な概念や感覚”を抱えていて、それは社会と個の間に”ズレ”を生み出します。それは時に難解であったり、非道徳的だったりしますが、アーティストの立場から言えば、アートはそういった、”ズレ”を、社会的なものとして許容してくれる唯一のシステムじゃないかと考えています。だから、社会においてアートは、そういった”ズレ”を、社会的なものとして提示できる唯一の媒介のようなものでしょうか。
& : そうすると、アーティストというのは、「社会と個の間の”ズレ”」を請け負っていくような存在でしょうか。
N : それが社会にとってのアーティストの位置づけのとして認知してもらえればうれしいですね。アーティストが現実から孤立した存在ではなく、多くのアーティストが”現実そのものや、現実との関係性”を表現していること伝わればアートがマイノリティではないという事が理解してもらえると信じています。

& : "現実そのものや、現実との関係性"を表現しているからこそ、現実との境目を・・・。
N : そうですね、現実との境目を儲けたくないというのはあります。廃棄物などの"世界の断片"を使ったり、"もとある環境や風景"にこだわっているのもそういう理由もあるかもしれないです。鑑賞者に作品と現実を切り離してほしくない。責任を負わせたい。
なかもと真生 さん

今後の活動について - 一生かかって取り組める、1000km×1000kmくらいの大きな展示

& : 今後の活動予定についてお聞かせください。
N : 来年倉敷の大原美術館で個展をします。「AM倉敷(Artist Meest Kurashiki)」という、倉敷の街に関連した制作に現代の作家が取り組む企画で、屋外、屋内の2つの展示をする予定です。その他も構想はあるのですが、なかなか機会がないのが現状です。僕の作品は、空間ありきで発想していて、こういう方法で制作していると、なかなか理想の環境で展示ができる機会はないですね。あとは、ブログのみで公開している、”フィールドワークス”や、不定期に続けている、”家屋展示”は続けていきます。

& : 今後どのような展示をしていきたいですか?
N : とにかく自分の理想とする環境での展示がしたいです。ギャラリーや、美術館以外で展示となると、クリアしなければいけないことはたくさんあるので、そういう社会的なプロセスを踏んで、たくさんの企画を実現していけるようになりたいです。もっと認知されて、自分からのアクションだけでなく、魅力的な展示場所の提案をしていただけるようにもなりたいですね。あとは一生かかって取り組める、1000km×1000kmくらいの大きな展示とか、京都の土地に関連した展示とか・・・考えると際限なくでてきますね。少しでもたくさん実現できるように、がんばりたいと思います。


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