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木ノ下歌舞伎

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INTERVIEW WITH KINOSHITA YUICHI 2012.09.11

木ノ下歌舞伎について - 伝統芸能と現代演劇をどのようにつないでいくか

&ART(以下、&) : 木ノ下歌舞伎の概要を教えてください。
木ノ下裕一(以下、K) : 木ノ下歌舞伎には二つの特長があります。
一つ目は歌舞伎や文楽といった古典芸能のテキストや演目を、現代演劇に作り変えるということです。日本の古典と僕らの年代には断絶がありますが、自国の大きな物語が忘れられかけていることに危機感を感じています。ですから木ノ下歌舞伎では、一貫して「伝統芸能と現代演劇をどのようにつないでいくか」を追求しています。
もう一つの特長は演出家を固定しないということです。一般的な劇団は「主宰や劇作家が毎回自分の作品を上演する」というスタイルをとりますが、「現代人がどのように伝統を扱っていけるか」を考えたとき、色々な視点から伝統に切り込む必要があると感じました。そのために色々な演出家を招いて、彼らと共同制作するというスタイルにしています。また、現代演劇人にとって自国の古典を上演することがメジャーでない今の日本において、同世代の演出家が伝統の演目を扱う機会を作りたいとも考えています。
&ART(以下、&) : 木ノ下さんは木ノ下歌舞伎の作品で、どのような役割を担っているのでしょうか。
K : 主宰・補綴(ほてつ)・監修という3つの役割に分けてご説明します。
主宰の仕事は作品をつくる際、どの演出家にどの演目を依頼するかのプランを練るところから始まります。僕が歌舞伎や文楽を観て、「こういうふうに切り口を変えたら面白いだろうな」と想像したプランにばっちり合う演出家を選んでしまうと、先が見えてしまいますし、その演出家にとっても自分の手札で演出できてしまうのでおもしろくない。かといって、演出家と演目があまりにもかけ離れていると、接点を見つけるまでに時間がかかってしまうのでなかなか作品になりません。そのちょうど中間を行くように上手くずらした組み合わせを考えるように意識しています。
補綴の仕事としては主にテキストレジがあります。歌舞伎のテキストは一つの演目に多数のバリエーションがあり、時代や俳優によって異なります。これまでに書かれてきたテキストと、昔の俳優の写真などそれらに関係する資料をとにかくたくさん集め、「どの役者がどういう解釈をしてきたか」という演目の歴史を洗い直します。歌舞伎は江戸時代にとっては同時代演劇ですし、当然時代によって解釈も変わります。「この演出家でこの演目をやるときにはどういう方法があるのか」を考え、現代において上演する意味のある台本に作り変えていきます。
最後に監修の仕事です。監修というと、すでにある程度出来上がったものを見て、客観的に判断するようなイメージがあるかもしれませんが、もう少し密に関わっています。他の言葉に置き換えると「権力を持ったドラマトゥルク」という感じでしょうか。ドラマトゥルクだけれど、主宰でもあるので、当然最終責任は自分にあります。だから基本的にほぼ毎日稽古に付き合います。あと稽古前や稽古後に、演出家と話をする時間はかなり多く取るようにしています。創作の相談にのったり、一緒に悩んだり。そこで演出家がうまく歌舞伎と出会えるように「こういう解釈もある」「あのシーンは演出として面白いけれど、演目にとって必然性がない」といったアドバイスします。

& : 普段から若い演出家の作品を観る機会も多いのでしょうか。
K : リサーチは怠らずにやっているのですが、中には年間百本以上観ている人もいますし、そういう人に比べると全然観ていない方だと思っています。現代演劇は年間6~70本ぐらいかな。できるだけ古典も多く見たいので、どうしても少なくなってしまいますね。
& : 演出家を選ぶ際のポイントを教えてください。
K : 歌舞伎に興味を持ってもらえそうかとか、共同制作に興味があるかとか、それまでの作品に加え、演出家自身の創作のモチベーションとなる問題意識に共感できるかなどが決め手になります。
& : 演出家が決まる前に作品は決まっているのでしょうか。
K : 「この演目を扱ってみたい」というストックが自分の中にいくつもあるので、それに合う演出家が出てきたときに「この人にこれをお願いしたい」と依頼することもあります。また、一緒にやってみたい演出家が先に決まっていて、それに合わせて演目を探すこともあります。杉原邦生さんは歌舞伎にも詳しいですし、木ノ下歌舞伎のメンバーですし、立ち上げから関わっているので、二人で話し合いながら演目を選んでいます。色々なパターンがありますね。
木ノ下裕一さん

作品について - 距離が持つ意味を考えることが、演目の現代性を考えることに直結する

& : 今年(2013年)5月から6月にかけて、横浜にある十六夜吉田町スタジオで『黒塚』を上演しましたね。
K : 黒塚は、舞踊のシーンと芝居のシーンが混合している舞踊劇で、主人公が老女、実は鬼女という現代離れした設定になっています。歌舞伎の手法と様式があれば、それでも充分に成立するのですが、なにせこちらは現代演劇ですから。鬼女の感情やバックボーンを中心に丁寧に描き、現代との距離を埋めていくことを意識して作りました。10日間全10ステージ上演し、たくさんの方に観ていただいたのですが、中でも歌舞伎を観たことのない方からのおもしろいという声が多かったです。古典の『黒塚』を知らない人たちが物語に入り込めたというのはいいことですね。
& : 京都では上演されませんでしたが、再演はするのでしょうか。
K : 『黒塚』は“CoRich舞台芸術まつり!2013春”という企画においてグランプリを受賞したのですが、受賞団体は2年以内に受賞作品を再演することが条件なんです。ですから2年以内に再演する予定で、その際には京都でも上演したいです。
& :私が木ノ下歌舞伎をはじめて観たのは『義経千本桜』ですが、その時『義経千本桜』という演目自体をはじめて観ました。木ノ下歌舞伎を通してその演目に初めて触れる人も多いかもしれませんね。
K :木ノ下歌舞伎の『義経千本桜』を観て、偶然同時期に大阪の松竹座で上演していた『義経千本桜』を観に行った方もいたそうです。そのように、木ノ下歌舞伎で歌舞伎に興味をもち、その後本家の歌舞伎を観に行っていただければとてもうれしいです。逆に歌舞伎通の方が、木ノ下歌舞伎で演出していただいた白神ももこさんや多田淳之介さんの新作を見てくれたらうれしいです。そういう流れを生み出したいですね。
作品を作る時、エンターテイメント性とアカデミックさを両立したいと常々思っているのですね。舞台芸術としてパワーのある作品であると同時に、学術的な裏付けや根拠もしっかり持ちたい。歌舞伎を全く知らないお客さんと歌舞伎通のお客さん、どちらかに偏らず、両方をすくい取るような作品を目指したいと思っています。
& : 『義経千本桜』では伝統的な歌舞伎の様式を達観しながら、現代性とのギャップをうまく笑いに変えるような演出が随所に散りばめられていましたが、現代と古典との距離を扱ううえで重視していることはなんでしょうか。
K : 古典の入門書や啓蒙的な本で、よく「古典芸能には普遍性があり、時代が変わろうと人の心には変わりがないから胸を打つ」ということが書かれていますが、当時の恋愛と今の恋愛、当時の親子関係と今の親子関係は違います。普遍性より重要なのは、古典と現代の間にある距離を認識することではないでしょうか。「なぜここには共感できて、ここには共感できないのか」という疑問などを通し、距離が持つ意味を考えることが、古典の現代性を考えることに直結するように思います。
木ノ下裕一さん

& : 『渡海屋の段』にて相模五郎が「船を出せ」と無理難題を言うシーンで、セリフを忘れたふりをして、うまく言語を現代言葉に翻訳するようなやり取りがありましたね。あの辺りは言語が生み出す距離の表現として、秀逸な印象を持ちました。
『義経千本桜』

京都×横浜プロジェクト2012『義経千本桜』より「渡海屋」の場面
2012 演出:多田淳之介 京都芸術劇場 春秋座(京都)
撮影:清水俊洋

K : わかりやすく、全て現代語に書き換えるという選択肢もあり得ますよね。でも、古語と現代語は意味においてもニュアンスにおいても日本語と外国語くらい差があると思うのです。「現代語で作り変える」ということは一種の翻訳ですが、翻訳には解釈と方法論が必要です。単純に現代人にはわかりづらいから現代語に変えちゃいましょうというわけにはいかないですよね。
初期の木ノ下歌舞伎では現代語に置き換えないことをルールとして決めていたのですが、今は意図的に置き換えることで言語が持つ、距離をうまく扱おうと試みています。
『渡海屋の段』でのアイデアは多田さんから出てきたものですが、ストーリーを知らないお客さんに、ややこしいストーリーを説明することに加え、言語の違いによって役者のステータスや心理状態を表現しようという意図がありました。
& : 演出家や役者は木ノ下さんよりも、歌舞伎への距離を感じていると思いますが、そういう意味では木ノ下さんは古典との距離を測るための仲介役といえるのではないでしょうか。
K : そうだと嬉しいですね。作品を作る時、「今自分が作っているものが、現代劇という地平においてどういう位置付けにあるか」という視点と、「演劇史から何を継承し、何を革新したか」という視点の二つが必要だと思っていて、両方あってはじめて「現代に提言することができる作品」になると考えています。だから演出家に、現代の地平に点を打ってもらい、僕が古典芸能の地平でどこに点を打つか考えます。その点と点がうまく重なる方法を、一緒に探していくためのパートナーだという気がしています。
& : 歌舞伎を表面的に引用しているのか、歴史的な文脈を踏まえて咀嚼しているかの違いは、現代の演出家が個人でやっているとなかなかわからないですよね。
『義経千本桜』

京都×横浜プロジェクト2012『義経千本桜』より「四の切」の場面
2012 演出:多田淳之介・白神ももこ・杉原邦生
京都芸術劇場 春秋座(京都) 撮影:清水俊洋

K : そのために監修という役割を担っているのですが、やはり演出家より少し引いた視点を持った人間が現場にいるということが重要なんじゃないかなと思います。『義経千本桜』では3人演出家がいたので、僕も合わせて4人でアイデアを出しました。 演出家ごとにチームが分かれており、それぞれのチームに1つずつ稽古場があって、同時並行で稽古を進めていたのですが、「この日は2つの稽古場を休みにして全員で1つの稽古場に集まり、みんなでそのチームの稽古を見た後話し合う」ということを、交代しながら行いました。こうした環境を作ることで、力関係も分散しましたし、自分の役割をもちながら対等な立場で意見を交わすことができたのはすごく良かったです。

今後の公演『東海道四谷怪談-通し上演-』 - 「こうすることが絶対」という社会の風潮からあぶれてしまう人々を丁寧に描きたい

& : 10月にはKYOTO EXPERIMENT 2013、11月にはフェスティバル/トーキョー13という二つの国際舞台芸術祭に参加しますね。まずはフェスティバル/トーキョーで上演する『東海道四谷怪談-通し上演-』についてのお話を伺えますか。
K : 『東海道四谷怪談-通し上演-』は休憩込みで上演時間6時間を予定しています。現在歌舞伎で上演されている四谷怪談ではカットされている場面や役がたくさんありますが、「そういうものを描いてこそ」という気持ちがあり、通し上演をすることになりました。
& : 四谷怪談は若い人でも大まかなあらすじ知っている話ですよね。端折られている場面が多いのですね。
K : 「お岩さんが毒を盛られて、顔が変わってしまい、お化けになる」という場面は全体の一部なので、通し上演を観ていただければ既存の四谷怪談とはずいぶん違ったイメージを持つのではないかと思います。
& :制作は現時点でどこまで進んでいますか(2013年9月9日時点)。
K :今やっと6時間分の台本制作が終わりかけているところで、あと数日で稽古が始まります。「こういう方針でいこう」ということは僕と演出の邦生さんとで話しています。邦生さんと一緒に作るのは7本目なのですが今までで一番話し合っているかもしれない。すでにいろいろなアイデアが出ていて、稽古が楽しみです。また今回座組みがおもしろくて、例えば演者では元天井棧敷の女優である蘭妖子さん、舞台美術では島次郎さんに参加してもらいます。今までは邦生さんが舞台美術も担当していたのですが、今回ははじめて美術家を入れ、美術と演出を分けます。
& : 具体的に「こういうことに取り組んでみよう」とか、「こういうアイデアが中心になりそう」といったことは固まっているのでしょうか。
木ノ下歌舞伎「yotsuya-kaidan」

『yotsuya-kaidan』 2006
演出:杉原邦生 アトリエ劇研(京都) 撮影:相模友士郎

K : 歌舞伎ではほとんどの場合、四谷怪談でいうところのお岩さんや亭主の伊右衛門など、主役に演出の的が絞られます。しかし、四谷怪談はお岩さんの周辺の人々など脇役がおもしろいので、群集劇にして、全員を主役にしたいと以前から思っていました。四谷怪談は忠臣蔵のパロディーなので、「敵討ちをするかしないか」が重要な要素となっているのですが、敵討ちすることが正義という概念が成立する時代背景の中で、正義に乗り遅れる人や、敵討ちに参加できない境遇の人達などを、いかにすくい取るのかということが大きな問題になってくると思います。四谷怪談って、多様な価値観のぶつかり合いなんです。人それぞれ大切にしているものがちがう。だからぶつかり合うし、悲劇も生じる。でも、それはとても大事なことだと思う。一生懸命生きている証拠ですから。「これが最優先」とか「こうすることが絶対」という社会の風潮からあぶれてしまう人々を丁寧に描きたいと思っています。例えばアベノミクスで世の中が経済を優先する方向に過剰に偏ってしまったり、オリンピックに沸いたりしている今だからこそ上演したいですね。

& : 世論が一色に染まってしまうことに対する違和感のようなものはありますよね。
K : その感じを批評的に描きたいです。
& : 群集劇を目指しているということもあって、出演者が多いですよね。
K : これでも絞ったんです。本当は少なく見積もっても40人くらい俳優が必要なのですが、一人の俳優が何役か兼ねることにして20人まで絞りました。
& : 木ノ下歌舞伎が四谷怪談を通し上演するのははじめてですよね。今回どういう流れで上演することになったのでしょうか。
「四・谷・怪・談」

『四・谷・怪・談』 2006 演出:木ノ下裕一
アトリエ劇研(京都) 撮影:中山佐代

K : 2006年春の木ノ下歌舞伎旗揚げ公演が四谷怪談だったのですが、その時は「お岩さんが毒を盛られて死んでしまう」という、有名な場面だけを抜粋し、邦生さん演出で上演しました。続いてその秋に、同じ台本を使い、今度は私が演出した、異なるバージョンを上演しました。その時は「2回の上演を通して古典の多義性を表現する」ということがコンセプトでした。当時から「いつか四谷怪談の通し上演がしたい」ということは邦生さんと話していましたし、これまでの集大成的な意味も込めて上演したいと思ったんです。
& : 予備知識がない人でも楽しめると思いますが、「事前にこれをチェックしてから観に来るとさらに楽しめる」という作品はありますか。
K : 歌舞伎の四谷怪談は観てから来ていただけるとより違いが分かっておもしろいと思います。 今年は四谷怪談の当たり年で、もう終わりましたが別役実さんの『不条理・四谷怪談』、歌舞伎座の『東海道四谷怪談』が上演されました。
また、現在市川海老蔵主演で四谷怪談が撮影されているそうですし、劇団民藝は四谷怪談を題材にした『どろんどろん』を。来年1月には俳優座でも上演されるそうです。あとひらかたパークの幽霊屋敷も四谷怪談でしたし(笑)。そのあたりを見比べていただいても、おもしろいかもしれません。
四谷怪談という演目は歌舞伎の中でも特殊で、歌舞伎としての上演だけでなく、近代演劇の中でも新劇からアングラ演劇など色々なジャンルが扱っていますし、映画も無数にあります。これだけ様々な舞台芸術や映像芸術に飛び火している演目は他にないですし、色々な形で現代化されている中で、木ノ下歌舞伎の四谷怪談がどういうスタンスをとっているかは見どころの一つだと思います。
また今回の公演でも、これまでの公演でもやってきたフリーペーパーの発行や、木ノ下による音声ガイダンス配信などの関連企画をやります。その他計画中のこともあり、四谷怪談を多面的に紹介しているので、関連企画だけでも盛りだくさんの内容となっています。 それをチェックしていただければ、より楽しんでいただけると思います。

今後の公演『木ノ下歌舞伎ミュージアム “SAMBASO” ~バババッとわかる三番叟~』 - 作品の周辺にあるものや、作品ができるまでのプロセスを含めて
エンターテイメントとして提示していく

& : 続いてKYOTO EXPERIMENTで上演する『木ノ下歌舞伎ミュージアム “SAMBASO” ~バババッとわかる三番叟~』についてのお話を伺います。木ノ下歌舞伎による『三番叟』の初演は2008年で、その後何度か再演していると思いますが、具体的にKYOTO EXPERIMENT側から「この演目を上演してほしい」「こういう感じの内容にしてほしい」といった指定はあったのでしょうか。
K : 演目の指定はありませんでしたが、「木ノ下歌舞伎が古典芸能と現代演劇をつないでいるということを明確に提示したい」というオーダーはあったので、それを前提に何がいいか考えました。そこで作品を一本上演するのでなく、「作品の周辺にあるものや、作品ができるまでのプロセスを含めてエンターテイメントとして提示していく」という方向性に決定しました。『三番叟』をスペシャル・バージョンで上演し、今まで関連イベントやアフタートークでやってきた“様々な新しい見方の提示”も作品に組み込むことが今回の趣向です。
& : 演目はどのように選びましたか。
K : 『三番叟』は伝統芸能の中でも重要な演目で、歌舞伎だけでなく狂言や文楽の作品としても上演されています。各々が自分たちのやっている芸能を象徴的に見せるために作っているのが『三番叟』なんです。木ノ下歌舞伎としても非常に大事にしている演目で、短い時間であっても“木ノ下歌舞伎の手法”が明確に見えるように作っています。そういう意味では、所謂名刺代わりになっている公演ですし、初めてKYOTO EXPERIMENTに参加するにあたって相応しいと考えました。
& :ただ単純に演目を上演するわけではないと思いますが、具体的にどういう全体の構成になるのでしょうか。
「木ノ下歌舞伎ミュージアム “SAMBASO” ~バババッとわかる三番叟~」

『木ノ下歌舞伎ミュージアム “SAMBASO”
~バババッとわかる三番叟~』 2013 イメージカット
photo:Takashi Horikawa design:Shiro Amano

K :『三番叟』の歴史、今上演されている古典の『三番叟(三)』、木ノ下歌舞伎の『三番叟』を一つの空間と時間で体感できるという構成になっています。まず、古典の『三番叟(三)』の歴史にまつわる展示を観ていただきます。展示を観ていただければ、『三番叟(三)』に関する基礎知識がつくようになっています。展示コンセプトは、とにかく楽しみながら「バババッ」とわかることですので、お勉強という感じではなく、遊び心を取り入れつつ歴史的なこともちゃんと伝わる様に観せたいと思っています。その後狂言師の茂山童司さんによる本家の『三番三』をご覧いただきます。しかも、ここにも邦生さんの演出が入るので、一般的な『三番三』とは見え方が異なるスペシャルバージョンでお送りします。最後に木ノ下歌舞伎の『三番叟』に移ります。
& : 開演時間前に展示を回ってもらうということではなく、公演時間の中に展示を観る時間も含まれているということでしょうか。
K : そうです。開演時間に来ていただければすべて体験していただけます。「木ノ下歌舞伎を観ることで、歌舞伎に興味をもってもらいたい」という思いを込めて、今回は狂言の『三番三』も、関連イベントもすべて一つに詰め込みました。

& : 展示、古典の『三番叟(三)』、木ノ下歌舞伎の『三番叟』という流れで一つの体験を自然に作るのは難易度が高そうですね。例えば美術の展覧会で、その作品に関連したパフォーマンスを同会場内で上演するということはありますが、展示からパフォーマンスを流れで見てもらうということはほとんどないように思います。逆にどんな感じになるか楽しみですね。こちらの公演はもうかなりできあがっているのでしょうか。
舞踊公演『三番叟/娘道成寺』より「三番叟」

舞踊公演『三番叟/娘道成寺』より「三番叟」 2012
演出:杉原邦生 横浜にぎわい座 のげシャーレ(神奈川)
撮影:鈴木竜一朗

K : 空間に合わせて少しアレンジはしますが、木ノ下歌舞伎の『三番叟』は何度も再演を重ねていますし、そのつど更新してきたので、すでに最も「今の自分たちの色」が出た作品になっていると思います。童司さんの『三番三』は現在稽古中です。古典芸能家の方に演者として現場に入ってもらうのは初めてなのですが、とても刺激的で面白い。童司さんにとって僕らが古典の『三番叟(三)』を観る視点は斬新らしく、また木ノ下歌舞伎の『三番叟』について童司さんは「そういう視点があるのか」という感想を持っています。お互い視点が違うから新鮮ですね。
& :古典芸能の方が参加したり、関連イベントを取り込むなど、木ノ下歌舞伎にとって新しい挑戦になることが多いですね。
K : 「古典を批評的且つ専門的に扱うこと」と「多くの人に対して間口を開いていること」の両方を達成できてこそ、新しい流れが作れると思っていますし、そのあたりのバランスは常に保ちたいです。今回の作品はそういった思考のもと立ち上げています。
& : これまでに伝統芸能の人から、木ノ下歌舞伎の作品に対して「こんなものを認めない」と言われたことはありますか。
K : そう言われてみたいです。作り手に思考や理論があるからこそ、それがひっかかって「認められない」わけですから、「認めたくない」と言われるのはすごくうれしいです。「じゃあ、どうして認められないんですか」と聞くとおもしろい回答が返ってきそうですし、そこからできる議論は多いのではないでしょうか。そうやって、議論を深めていきたいですね。
& : ある一定以上の動員を集めるのか、由緒ある伝統芸能の会場で上演を行うのか、影響力のある賞を受賞するのか、どういう方法かはわからないですが、何かしらの大きな課題を達成すると、伝統の人たちが木ノ下歌舞伎を無視できない状況を作ることができそうですけどね。
K : ありがとうございます。若い歌舞伎俳優さんなど、古典の方に木ノ下歌舞伎を観に来ていただけることが少しずつ多くなっています。それをきっかけに議論が生まれればいいですね。

伝統との出会い - 古典芸能というスタンダードでないものをどうすれば聴いてもらえるか

& : 伝統芸能が好きだったら、「伝統の世界に入る」ということも選択肢として考えられると思うのですが、なぜ現在のような立ち位置で活動をすることになったのでしょうか。
『勧進帳』

京都×横浜プロジェクト2010『勧進帳』 2010 
演出:杉原邦生 アトリエ劇研(京都) 撮影:東直子

K : 小学生くらいまでは噺家になりたくて、小学校を卒業したら弟子入りするつもりでした。しかし大人たちからは「義務教育は受けなさい」といわれたのでしぶしぶ中学校に行きました。その後文楽や歌舞伎など、落語以外にも興味が広がっていきました。高校生になっても「伝統に携わりたい」という思いが強く、当時市川猿之助(現・猿公羽)さんが副学長で、春秋座という歌舞伎劇場があって伝統芸能に強いということを聞いていた京都造形芸術大学の映像・舞台芸術学科に入学することを決めました。
映像・舞台芸術学科には当時、学科長の太田省吾さんをはじめ、松田正隆さん、宮沢章夫さんなどがいらして、ほとんどが現代演劇の授業でした。古典の視点で現代劇を観るとすごく魅力的でしたし、授業で学ぶことは伝統に跳ね返ってくることも多く、現代劇がおもしろいと感じるようになりました。そこで「現代劇と古典が両方楽しめる環境を作りたい」と考え、木ノ下歌舞伎を立ち上げたんです。
& : 小学校を卒業し、弟子入りするとしたら、どなたの門を叩く予定だったのでしょうか。
K : 桂吉朝師匠のところに行くつもりでした。当時はほぼ追っかけでしたから(笑)。実は大学に入ってからも迷っていて、何度か本気で噺家になろうかと考えました。しかし桂吉朝さんのお弟子さんで、ほぼ同世代の桂吉坊さんという方がおられることを知り、何だか勝手に自分の分身のような気がして「落語界は吉坊さんに任せた!!」と思い未練が切れました。
& : 小学生の頃は落語を披露していたのですか。
K : 町内の敬老会で披露するなどしていました。敬老会シーズンは一日に3、4件回ったりして忙しかったですよ(笑)。
当時周りに落語好きの友達はほぼいなかったのですが、「この面白さを伝えたい!口で言ってもなかなか伝わらないから自分で落語をするしかない!」と思ったことがきっかけではじめたんです。 「古典芸能というスタンダードでないものをどうすれば聴いてもらえるか」について考える姿勢は子供のころから変わっていないですね。

& : その頃のレパートリーを教えてください。
K : 『桃太郎』『馬の田楽』『不動坊』『天神山』『手水廻し』など、小噺を入れれば30くらいありました。当時は小学校でも落語を披露していました。2時間目後の20分くらいの休み時間に小噺を披露し、昼休みが1時間あったのでそこで長講をやり、放課後友達を自宅に呼んで仏間に作った寄席でまた長講を披露していました。ほぼ毎日3席やっていたので忙しかった(笑)。それだけやるには相当稽古も必要ですしね。自分でおみくじ亭大吉という芸名を勝手につけていたのですが、多い時で弟子が12人いました。
& : 他の子たちはもともと落語に興味があったわけではないんですよね?
K : 「落語っておもしろそう」と思ったのか、「木ノ下なんか変だな」と思ったのかはわかりませんが、気が付いたら友達が集まってきていましたね。落語を一回も教えていない弟子もいましたよ。風呂敷と下駄で登校していたのですが、朝学校に行ったら弟子が待っていて、下駄を下駄箱に直してくれたり、風呂敷を持ってくれたり、教室の扉を開けたりしてくれました(笑)。
& : 風呂敷で小学校に行っていたんですか(笑)。
K : 僕が風呂敷で登校していたことをきっかけに、当時クラスで風呂敷が流行ったんですよ。そこで“風呂敷論争”が起こりました。風呂敷で登校するということが問題になって先生に怒られたのですが、「風呂敷は中に何も入っていない時は小さくなるから便利だけど、ランドセルはものが入っていてもいなくても大きさが一緒なので不便だ」と主張しました。先生からしたらややこしいガキですよね(笑)。
木ノ下裕一さん

京都について - 昔の風景が透けて見える

& : 京都に根差した歴史について魅力的に思うことはありますか。
K : 京都だけに当てはまることかはわからないですが、「昔の風景が透けて見えるところ」でしょうか。京都は通りがあまり変わっていないので、街を歩いているとふと文献で読んだ歴史的事件や土地の伝説が浮かび上がってくる。
& : 京都の伝統芸能の現状についてどのように考えていますか。
K : もう少し現代劇と伝統芸能の方々が出会い、互いに刺激を受けるような環境になればと思いますね。今はよほど特別な公演などがない限り接点がありませんから。
あとは京都は伝統芸能が盛んで、ちゃんと根付いていて素晴らしいけれど、この先どう生き残っていくのかが課題ですよね。例えば、多くの能楽堂は空席が目立ちますし、お客さんも高齢者の方が多く30年後どうなるのだろうと…。能はおもしろいけれど、それをどういう言葉で能に関心のない人に伝え、巻き込んでいくかという戦略が必要でしょうし、もっと飛び出していかないとこのままでは先細りしてしまうのではないかと心配しています。こういった状況を改善するためにも、古典と現代の人が出会う環境を作ることは重要だと思います。
武智歌舞伎

& : 現在造形大の博士課程に在籍中(2012年9月現在)ですが、どのようなことを研究していますか。
K : 研究テーマは武智鉄二さんという演出家/批評家/研究者による“武智歌舞伎”。武智さんは、戦後すぐに歌舞伎の公演を打っているのですが、個人が歌舞伎役者を使って公演を打つというのは異例のことで、後にも先にも例がありません。なぜこういった活動をしたかというと、当時の歌舞伎に不満があったからなんです。武智さんは「既存の歌舞伎が伝統をうまく生かせていない」ことを主張し独自のメソッドを作りながら、自身の解釈、古典観によって演出しました。
これは武智歌舞伎としての活動が終わってから書いた本なのですが、当時歌舞伎について指摘している問題点が、現代の歌舞伎において問題点とされている部分とほぼ変わらないんです。
そもそも僕が木ノ下歌舞伎を始めたのも、大学の時にたまたまこの本を読んでからです。これを読んで、50年位前から歌舞伎を取り巻く状況がほとんど変わっていないことに対して「何かできないか」と感じました。
昭和20年代からいくつも武智歌舞伎の公演があったのですが、関西だったということもあって、記録があまり残っていない。また、去年生誕100周年記念で出版された書籍など、数冊の関連書を除いて、ちゃんとした武智鉄二についての研究書はほとんど流通していないということもあって、「武智鉄二の演劇活動を現場視点で再考する」ということを考えたのです。「武智歌舞伎による歌舞伎の現代化から今受け継げるものは何か、逆に今通用しなくなってしまったのは何か」を再検討してみようということが論文の主旨です。
& : 木ノ下さん自身は、本物の歌舞伎役者を使って演出をしてみたいという気持ちはありますか。
K : いずれは伝統芸能に切り込んでいきたいと思っています。木ノ下歌舞伎とは別の活動だったとしても、歌舞伎役者さんなど、伝統の人と一緒に作品をつくる環境にはいきたいです。

きのした勉強ノート 藝能帖 - 頭の中に架空の歌舞伎役者が30人ほどいる

K : 余談ですが誰に読ませるためでもなく、趣味と勉強を兼ねて、古典芸能について思うことを日々書き留めているノートがあります。写真や記事を貼って下線を引いたり、芸能に関するエピソードをメモしたり、僕の好きな上方落語に登場する脇役に5・7・5・7・7でラブレターを書いたり。例えば仕事で、ある文楽の演目に出てくる脇役人形にフューチャーした原稿を書くとき、自分の好きな脇役人形の写真を貼って、傍に置きながら原稿を書くというのが密かな楽しみです。もはやマニアですよね(笑)。
アイデア帳的な歌舞伎観賞ノートもあるのですが、このノートには客席で歌舞伎を観ながら、「ここはおもしろい」「ここは現代性がある」など、思ったことを全部書き留めています。具体的にその演目を上演する予定が決まっていなくても、「もし自分が演出するなら」と仮定して書いており、後々自分で上演することになった際、それを参考にすることもあります。
ノートだけでなく、パソコンに入っている落語を、自分の好きな組み合わせでMDに録音したこともありました。全50巻くらいだったのですが、毎回手書きで装丁も作っていましたね。相当な手間で、一文の得にもならないけれどついやってしまう。MDは人に貸したら帰ってきませんでしたが(笑)。
& : 僕は音楽が好きで、家にあるCDの中からテーマを決めてベスト・アルバムを作ることがあります。誰にも見せないですが、とにかくやっているときは楽しいですよね。
K : その瞬間何もかも忘れますね。熱中しているときはお腹も空かないです。一日半くらい何も食べず、ノートに書き続けたことがあります。
また、僕の頭の中に架空の歌舞伎役者が30人ほどいるのですが、寝る前に彼らが主役のストーリーを進めています。江戸時代の設定なのですが「この演目で興行を打つけれど、誰にどの役を務めさせたら、役者にとっての成長になり、且つ面白いか」ということを真剣に考えています。先日は頭の中の劇場が火事で大変だった(笑)。
これもすべて趣味ですが、現実で俳優に役を振るとき、ここで考えたことが意外と役立ったりします。役立てようと思っていないけど、結果的に役立つという(笑)。
あと寄席の出番もよく妄想しています。亡くなった方も、現役の方も含め、最高の座組みを組んで楽しんでいます。

& : 夢の野球チームを考える感覚に近いかもしれないですね。
K : そうそう、「先発は誰で」という感じ(笑)。
& : マニアな部分をもっと前面に出したいとは思わないですか。
K : 近い将来の話でなく、何十年スパンの話ですが、いつか歌舞伎を現代の演劇人が扱うということが特別でなくなり、断然センスよく古典を現代化できる団体がいくつも現れたら、もっとマニアックな活動をしたいという気持ちはあります。木ノ下歌舞伎はやっていてすごくおもしろいのですが、「どうやったら間口が広がるか」ということを常に意識しなければいけないので。
きのした勉強ノート 藝能帖

社会について - 大きい物語から小さい現代を観る視点

& : 以前「高校生の時に日本画を学んでいたけれど、個人プレイよりも大勢で何かしたいと思い演劇を選択した」とおっしゃっていましたが、なぜ大勢で何かすることに魅力を感じたのでしょうか。
K : 高校時代に絵を描いていた環境が、不健全だったことは大きいです。「なぜこんなに足の引っ張り合いをするのだろう」とか…。その反動で「もっと広いところに行きたい」と思うようになりました。
あとは単純に共同制作が好きなんです。木ノ下歌舞伎で演出家と組んだ際、自分が抱いている古典のイメージを木端微塵にするようなアイデアが出てくる瞬間があるのですが、自分の古典観が壊され、世界が広がっていく爽快感は共同制作の醍醐味です。 それは舞台に限ったことではありません。文章を書くのも編集者との共同作業ですし、そもそも読者を想定しながら書くこと自体が共同制作だと思っています。
また何かを発表するとき、誰かと一緒に作る方が「この作品はどういうふうにお客さんに届くだろう」ということをより考える気がしますね。作品を発表すると当然色々な視点にさらされるので、制作段階で現場に色々な視点がある環境が理想です。
& : 木ノ下さんは社会において伝統芸能はどのような役割を持つことができると思いますか。
K : 作品を作りしながらその答えを探しているので、すぐに「これだ」という回答は出せないのですが…。 今怖いと思っているのは、大阪市の文楽への補助金カットの問題など、「伝統がどういう力を持っていて、どういうふうにしたらもっと力を持つか」という可能性が無視されていることです。まずは「伝統には可能性がある」という前提で考えることが大事だと思います。
木ノ下歌舞伎さん

& : ご自身としては伝統芸能の可能性はどのようなところにあると考えますか。
K : 同時代に作られた作品と伝統芸能が圧倒的に違うことは“距離がある”ということです。自分たちのもつ世界観と異なるものが古典にはある。だからこそ伝統を通して自分たちを俯瞰することができるのではないでしょうか。人それぞれ伝統から受ける恩恵は違いますが、世界を広げてくれることは、古典芸能がもつ一つの可能性です。能がもつ死生観や歌舞伎の人間観のようなものは、現代の日本人にとって逆に新鮮に感じられる。そのあたりは非常におもしろいですよね。
また「古典離れ」とも言うべき現在日本では人々に共通する伝説や、物語がなくなってきていますが、自分たちの文化が持っていた大きな物語がなくなることは怖いですよね。現代演劇は、演出家個人の価値観や妄想を展開していくような「小さな物語から大きいものを観る」作品に少し依りすぎている感じがします。それはそれで重要ですけどね。そうでなく、大きい物語から小さい現代を観る視点もあったほうがいいですし、そのためには伝統をもう一度取り戻すということが重要ではないでしょうか。「今現代人がどの地点にいて、何をしようとしているのか」を考えるときに、「古典」は一つの武器になる気がします。
& : 例えば落語は元来アウトローの文化ですよね。社会に矛盾を感じた人たちが集まって、芸術/芸能が作られているということは今も昔も変わらないと思います。それ自体が可能性の一つと呼べるかもしれません。
K : 特に歌舞伎は「如何に視点を変えるか」というテーマをずっと扱ってきていますからね。『義経千本桜』も、義経が主役になっているものの、「片や平家側からだとこう見える」という視点で描かれています。世間一般から普通といわれている視点をずらしていくことで、見えないものを見せることは重要ではないでしょうか。
& : 現代演劇の可能性についてはどのように考えますか。
K : 現代演劇に限らず、これは舞台芸術全体に言えることかもしれませんが、舞台は何かを生産するわけではないし、なくても生きていけるものです。そう考えて絶望的な気分になる時はありますが、だからこそ作り捨てではなく、「この作品を上演することでこうなってほしい、こういうふうに届いてほしい」というような意志をはっきりもっているかが重要になると思います。やはりダイレクトに、逸早く現代に提言できるフットワークをもっているのは現代演劇だと思うからです。
& : 届かないと諦めて絶望するのでなく、そのメッセージを、観た人の視点を変えてしまうような作品まで発展させることができたならばメッセージ自体に価値が出てくる気がしますね。
K : ひととなりと作品に必然性があって、強度を持っている人は魅力的に感じます。


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