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INTERVIEW WITH MIMASU YUSUKE[intext] 2010.09.24

作品について - 回答の用意されているアートには、魅力を全く感じません

&ART(以下、&) : intextの活動内容についてお聞かせください。
見増勇介(以下、M) : 「何をやる」ということを決定しているわけではなく、一貫してやりたいことをやっています。これまでに展覧会や、ライブパフォーマンス、グラフィックやウェブといったデザインの仕事や、出版など色々なことをおこなってきましたが、それらの中からどれかに絞るのでなく、全体を相対的に見て、バランスをとりながら活動しています。
& : グループの在り方として、重視していることはどういったことでしょうか。
M : intextで何よりも大事にしていることは、「決定しない」ということです。グループで何かの目標に向かって進んでいくというプロセスはとりたくなくて、「決定しない中で何が生まれてくるのか」ということを重視しています。
& : アートワークとクライアントワークをうまく両立させていますし、いいバランスで活動できているように見えますね。
YKYOTO ART MAP 2008-

「KYOTO ART MAP」 2008- 59.4x36.4cm
Client: 京都アートマップ実行委員会
Art Direction & Design: 外山央 [intext]
©京都アートマップ

M : intextはメンバー3人それぞれが、デザインの仕事を持っていて、クライアントワークを行っています。でもクライアントワークだけだと、どうしても拾いきれず取りこぼされる問題が出てくるんです。その問題はクライアントと接する中で、消化されずにジレンマとしてずっと残っているのですが、そうしたものを拾い上げ、アウトプットしていくということを、グループの活動の柱としています。
& : 見増さんのソロワークも、intextの実績としてウェブサイト掲載されていますが、「グループとして制作するからintextの仕事」というわけではないのですね。
M : 個人での活動があるからこそ、僕たちの緩やかな繋がりがあるので、ソロでのクライアントワークとグループワーク、どちらが欠けてもいけないと思っています。そういうことを常に意識しているので、個人の仕事もウェブサイトに掲載しています。クライアントワークで取りこぼされた問題をグループで拾い上げて表現した経験は、必ずクライアントワークにフィードバックされるんです。前回思い浮かばなかったことや、できなかったことができるようになりますし、それは良い意味で自分の中のサイクルになっています。
& : 普段のクライアントワークの中から抜け落ちたものがアートワークとなるというのは、社会の中でのアートの在り方をそのもの体現しているような気がしますね。
M : そうかもしれないですね。
& : 続いて具体的に、作品についてお聞きします。無機的で、壮大なスケール感を持った音響/映像ライブパフォーマンスが、最近のintextの活動の中で重視されているという印象をもっているのですが、あのパフォーマンスはどういったテーマで制作していますか。
M : いつも最初に特定のテーマは設定しないのですが、制作を進めていくと自然にテーマが浮かんできます。今回は「俯瞰」や「移動」という言葉が出てきました。それは3人の暗黙の了解の中で、1つのキーセンテンスとなっていきます。クラブでは普通、音にイニシアティブがあって、映像も音に付随しているものが一般的ですが、僕たちはあのライブパフォーマンスによって、「音楽のすごさを伝える」とか、「音圧で伝える」とか、「映像の素晴らしさ、あるいは技術レヴェルの高さを伝える」というようなベクトルではなく、「ショートシネマのようなものを観せたい」と考えています。もちろんストーリーのあるような音ではないし、展開のあるような映像でもないんですけど、見終わった後に、「一つのストーリーを、緩やかに旅したような感覚を与えるもの」を目指していますし、そういった感覚でお客さんにも観てもらいたいと思っています。
& : ライブパフォーマンスでの映像、音響は、メンバーそれぞれがどういった役割で制作していますか。
M : 外山は主に音のディレクションを、尾崎は映像、プログラミング、その他の制御に関するディレクションを行っています。僕は外山のディレクションのもとに音の制作をしたり、映像と音の関係性を、どうやって結びつけるかなど、統括的な役割を担っています。音は僕も作っていますが、メインは外山が制作しています。

& : ライブパフォーマンスでは、リアルタイムで操作している部分もあるのですか。
intext: live performance night cruising at cafe independants 2010

intext:
live performance night cruising
at cafe independants 2010

M : あります。音は事前にある程度作り込んでいるのですが、リアルタイムで要所要所に音を足したりもしています。ただライブで制御しているのは、主に映像です。僕たちの映像で登場するそれぞれのオブジェクトは、実は全て静止画なんです。映像の構造としては「一つの画面の中で展開していく」というものではなく、すごく大きなフィールドのようなマップがあって、その中の一部が常に画面に表示されているというものです。ライブではそのフィールドをどのように動かしていくかや、映像と音を同期させるタイミングを制御しています。
& : 演奏というより、プログラムの指示を変えてアクションを起こさせるような感じですか。
M : そうですね。
& : 映像に登場したすべてのオブジェクトが、最後に一覧に並ぶ表現がとても新鮮でした。明確なポリシーを持って、制作に臨んでいるような印象がありますね。
M : 僕ら自身も制作していておもしろいと思うのですが、制作する際に、テーマを定めずにそれぞれがスタンドアローンで制作を進めていったとしても、最終的にそれが集まった時に、一つの大きなマップが出来上がっているんです。なぜそうなるのかは僕も分からないのですが、もし最初に「こういうふうにする」と決めていたら、その枠の中でしか動けないという縛りがあると思うんです。「決定しない」という中で動いていくと、限りなく広がっていく感じがありますし、それが映像の画面を超えて広がるマップとなっているのかもしれないですね。
& : 抽象的で曖昧な状態で出てきたものを、マップ化して整理しようとしているところが興味深いですね。その作業が、知的な雰囲気を生み出しているのではないでしょうか。
M : それが良いか悪いかは別として、デザインのクライアントワークというのは常に答えを求められるので、こういった作り方は難しいと思います。
& : お話を聞いていると「クライアントワークをやっているからこそ、アートにしかできないことを、的確に捉えることができている」という印象を受けます。
M : これはアートとデザインの関係の話になると思うのですが、アートは問題であるべきだと思うんです。僕は回答の用意されているアートには、魅力を全く感じません。アートによって今まで気付かなかった問題に気付かされたとき、とんでもない衝撃を受けたことが過去に何回かあります。それは自分の生活が変わるくらいの力をもっているんです。その一方でデザインは回答と言えるのではないでしょうか。アートに関わるデザインをするときは、「アートによって生まれた問題にどう回答していくか」ということを責任として感じています。特に書籍などは、後々の世に残していく役割があるので、ちゃんとした回答を用意する必要があると思います。
見増さん

京都について - 京都は個人の時間軸で物事を動かすことができるところ

& : 見増さんは京都造形芸術大学情報デザイン学科出身ですが、在学中はどのようなことを勉強されていましたか。
M : タイポグラフィという学問があるのですが、その研究をしていました。タイポグラフィには「知る」ということと、「表現する」ということの2つの領域があるのですが、僕は表現の方よりも、「知る」ということにウェイトを置きながら本を読むなどして、主に欧文活字の研究をしていました。また大学でそういった勉強をしながら、並行してクラブで映像の発表もしていました。学生のときはお金がなかったのですが、ギャラリーを借りるにはお金がかかりますし、無料で自分の作ったものを公開できるところといえばクラブだったんです。当時は『クラブ メトロ』で毎週何かやっていたと思います。メトロの店長でアーティストの糸魚健一さんが僕の映像を面白いと言ってくれて、イベントに呼んでくれました。糸魚さんのイベントは国内外から色々な人が来たりと、すごく間口が広いんですね。そこから繋がりが生まれて、自分の表現の場が広がっていきました。メトロは作る側の意識の高さが感じられるクラブで、自分がよく行くパーティに出演している人たちは、創造力が高く、「本気で遊んでいる」人が多いと思います。すごく刺激になるし、良い意味で緊張感のあるクラブですね。

& : intextは京都を活動拠点としていますが、見増さんは京都で活動する中でどのようなことを感じますか。
M : 京都は個人の時間軸で物事を動かすことができるところだと思います。良い言い方をすると個人単位で何かできるということなのですが、悪い言い方をすると、大きな流れに乗れないから、自分一人で何か始めるしかないとも言えます。
& : お金にならないし、大きい流れにならない代わりに、自分のやりたいことをとことんやっているアーティストは多いですよね。
M : もちろんそれ自体は悪いことじゃないんですけど、自己満足で終わっちゃうんじゃないかということは危惧しています。また、「お金が回らない」といった現実的な問題は、絶対になんとかしなくてはいけないと思っています。別にアーティストのために、「何かやらなければいけない」と思っているわけではないのですが、自分たちがより活動しやすい環境をつくるため、色々なところで努力しています。

社会について - 見落としてきたものについて後々考えてみたら、すごく重要だった

& : どういう人に、自分たちの作品や成果物を見てほしいですか。
M : 特定の人というのは、イメージしていないです。ただ、先日愛知でライブパフォーマンスを行った時、9割以上の観客が僕たちのことを知らなかったのですが、そこで「自分のことを全く知らない人々の中に身を置くことの緊張感」を感じました。緊張感を伴う体験は非常に有意義です。「自分たちを全く知らない人に観てほしい」というのはあるかもしれません。
& : 京都でずっと活動していると、イベントに集まる人がどんどん顔見知りになっていくので、そういった刺激はなくなっていくかもしれないですね。
M : 土着的になるのが悪いということではないですが、そういったある種の危険性も孕(はら)んでいますよね。
& : ただ京都でやっていても、人の流れさえ生み出すことができれば、状況を変えることは可能な気はします。
M : 本当は僕らがそのために行動しなければいけないんですよね。それは環境の問題ではなく、作る側の責任だと思います。
見増さん

& : intext、そして見増さんにとって、「社会」とはどのようなものでしょうか。
M : 最初に「取りこぼされた問題をグループで拾い上げる」という話をしましたが、取りこぼされた問題は、社会の裏側にあるものなので、その問題を扱っているintextの立ち位置も、社会の裏側に位置していると考えています。それは言いかえれば僕らがシステムの裏側を見ているということです。
& : 見増さんは、これまでに展覧会のデザインワークに携わってきましたし、グループワークの中で作品も制作してきましたが、社会の裏側にある取りこぼされたものを、なぜ社会に伝えていきたいと思うのでしょうか。
M : 色々な理由があるかも知れませんが、一つはやはり見えていないもの、見落としてきたものについて後々考えてみたら、すごく重要だったなと気付くことがあるからです。見落とされずに形になったものはそこで完結してしまうので、次の問題には繋がらないわけです。
& : お話を聞いていると見増さんは、問題を必要なものと捉えているように感じますね。
Yukio Fujimoto: ECHO – Son Virtuel

「Yukio Fujimoto: ECHO – Son Virtuel」
(「藤本由紀夫展: ECHO – 潜在的音響」)
2007 カタログ 32ページ 15x7.4cm
Client: 広島市現代美術館
Art Direction: 藤本由紀夫、見増勇介 [intext]
Design: 見増勇介 [intext]
TAKEO PAPER SHOW 2007 OSAKA 出展
©2007 Yukio Fujimoto; Hiroshima
City Museum of Contemporary Art

M : そうですね。先ほどデザインは解決と言いましたが、極端に言うと僕はデザインを最終的には解決の方向にもっていきたくないと思っています。僕が積極的に関わっていきたいのは問題たり得るデザインなんです。回答じゃないデザインも世の中にいくつかあるわけで、それらはデザインが問題に向かっています。例えば、ポスターのデザインでも、コピーがあってリード文があるなど、フォーマットが何パターンか決まっているのですが、その中でおもしろいことをしようとしても、デザインのロジックが変わっていないので、その実現は難しいのではないでしょうか。デザインのロジック自体をなんとか変えたいと思い、クライアントワークの中でも、今までとらなかったような「こういうやり方はどうだろう」というような感じで色々試しています。こういったことはあまりクライアントには言わないですが(笑)。


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